雑学クイズzoo > 使っても許される、「ら抜き言葉」とは何か?

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使っても許される、「ら抜き言葉」とは何か教えて下さい…。

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>>>「ご飯が食べれる」「テレビが見れる」「明日来れる」などといった「ら抜き言葉」。これらは本来「~られる」というのが正しい表現です。
「られる」は助動詞で、可能・受身・自発・尊敬などの意味があり、日本人は文脈から判断するなどして平安時代からそれらを使い分けてきました。

さて、「食べれる」「見れる」は正しくは「食べられる」「見られる」であり、「~することができる」というニュアンスで使われ、可能の意味をもっています。
ですが「来れる」を正しく「来られる」と言ったときには、可能だけでなく尊敬を表す表現にもなります。例えば主語を社長にすると、「明日、社長は来られる」という具合です。このとき、尊敬の意味で使う場合には決して「ら抜き」にはできません。
また、尊敬の表現と同様に、「誰かに見られる」のような受身の表現や、「将来が案じられる」のような自発の表現においても、「ら抜き」にはできません。つまり、「ら抜き言葉」は可能の意味で使われるときに限って起こる現象ということになります。

そこで、可能の意味を持つ表現を全て「ら抜き言葉」で表したら、尊敬や受身の意味で使われているのと混同せずに済み、逆に便利だという意見もあります。
正しい日本語としてあくまで「られる」と表現するか、便利な「ら抜き言葉」を使うかは、使う人の気持ちしだいということなのかもしれません。

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